Kyp Durronの時と場合によって、ただつらつらといろんなことを書きとめておく備忘録。主に最近はライトノベルがメインジャンル。ほかにも政治からアニメ、秋葉なんでもあり。雑食です。ただいま、Ver.2.5r1展開中。

[雑文]Webコミュニティを考えてみる。

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最近のエントリーを見ていると、自分がラノベとアニメの感想しか書いてない人間に見える。
まったくもってそのとおりなのだ。
だがしかし、それでは何も考えてないような人間に見えそうなので、たまには思ったものをデータも論拠もなしにつらつら書くというのをモットーにしている、雑文というカテゴリーを使ってみる。

まぁ、前置きが長くなったような気もするのだが、
何を思ってこんなことをいっているかというとだな、こんなのをPlagger経由で見つけた。

人は、集まれば群れたがる。

どんなことがあろうと、人が集まれば群れたがる。

たしか、半分の月がのぼる空だったと思うが、
男が3人集まれば、権力闘争が起こり、派閥ができるとかなんとかっていうくだりがあったな。

だとすれば、現実だろうが、Webだろうが、変わらない。

「Webのコミュニティの寿命は1年から2年」らしい。時間がたっても同じ面子とずっとつきあっていることによるマンネリ感などが一因であるようだ。

そして、これもすごい納得。実際問題、流行って基本的に一過性が強い。人が変わらないということはまずないと考える。だとすれば、Webのコミュニティの寿命はすなわち、現実世界でのコミュニティの寿命と似ているのではないだろうか。引用元で例としてあげられているのが、クラス替えとか。人事異動っていうのもある意味では、これと同じなのかなーなんて思ったりもする。

じゃぁ、どうやってこの寿命を延ばすのか?そもそも寿命を延ばせるのか?というのが一個浮上してくる。
先に人間って変わるものだろというのを前提として進める。この前提がないとこの先の理論が進まなくなると思う。

Web上のコミュニティの寿命は延ばせるのか?おそらく伸ばせるだろう。

引用下にあるように、来る者も去る者も拒まずというのは重要だとは思うが、ある一定数の人間が集まってきたコミュニティの緩やかさというのが重要だったりするんじゃないかなーと思う。たとえば、涼宮ハルヒというクラスタで集まってきた人間が、時間が経つに連れて、新しいクラスタとして、ゼロの使い魔ができる。あるいは、Plaggerなんていうクラスタもできるかもしれない。そうなると既存のクラスタというかコミュニティから子コミュニティができる。それを繰り返していくことによって、子コミュニティから孫コミュニティへ広がりを見せる。その中で、あ、この人、前にこのコミュニティあるいはクラスタにいたなーと思えば、話がしやすかったりするだろう。そういう意味でMixiのグループだっけ?あれは悪くはないなぁ。悪くはないであって、最善とは言い難いが。


んま、コミュニティってどのあたりからコミュニティなのか定義しないと話がまとまらなくなりそうだが。コミュニティの定義ってどのあたりから考えるのがいいんでしょうかね?

#よく思うのが、最終的にどんなコミュニティにしろ、いろいろな意味で、深く付き合える人間は数人から多くて数十人くらいじゃないのかと思うので、衰退していくコミュニティが仲良しクラブと言われようが、それはそれでコミュニティの成熟した形態と考えると面白いんじゃないのかね。どうせ、また違うコミュニティに参加してたりするんでしょ?

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