思えば、最近まったく更新してない。
やはり今までが今までで、おかしかったと。
毎日数回も更新するのは、それがそれでひとつのライフスタイルであったが、
Twitterの出現により大きく変わった。
だんだんとシフトしてきたが、正確なところ。
Twitterそのものは2年くらい前に登録して、ちょいちょい使ってた。
ここ1年くらいはだいぶ使ってた。
一回月間のポスト数がかなり伸びた後、
なんかそこでひとつが終った。
コミュニケーションツールとしては継続して使っているのだけど、何か変わった。
コミュニケーションの多様化のひとつなのだと思う。
Mixiも最初は面白かったけど、一定のラインを超えると近況報告。
Blogは何か自分のやったことの外部記憶装置。
TwitterはBBSとかChatとかメッセンジャーとかケータイメールの代用品。
どの程度、日本でTwitterが定着するのかというのはまだまだわからない。
ただ、言えるのは、Mixiとは違った使い方であるべきという考え。
近況を報告したりするという利用方法ではない。少なくとも僕はそう考える。
Twitterで自分の考えてることがほとんどそのまま垂れ流し状態。
そういう意味で、Twitterは自分のニューロンが外部化されたものなんじゃないかな。
別にその発言に対して、必ずしも反応を求めてなく、でも、反応があればそれはそれでそういったことを考えてくれて、理解あるいは共感してくれるひとがいる。面白いことであれば、それ面白いよねとか、知らなかったことであれば、はじめて知ったとか、そういうシナジー的な、集合知的な何か。
特に深い意味はないんだけど、ある程度ふぉろあーが増えてきて、こんなんでいいのかな?と疑問が出てこないでもない。
Twitterは至極個人的であり、至極社会的であり、至極対人的でもある。


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